初めまして。東京大学2年ア式蹴球部(サッカー部)フィジカルコーチの田所剛之と申します。
突然ですが、皆さんは何を目的に筋トレをしていますか?
一般の方であれば健康的な体作りやスタイルを良くするため、スポーツをやっている方であれば競技力の向上など各人にそれぞれ目的があると思います。
当然、それぞれにそれぞれの理由があって良いと思いますが、特にアスリートが行うトレーニングとなると様々な要素を考える必要があるでしょう。今回は、タイトルにある通り、アスリートがウェイトトレーニングをする理由について自分の考えを書いていきたいと思います。
ウェイトトレーニングをする理由
一般的によく言われるのは、以下の二点でしょう。
- 障害予防
- 筋力、パワーの向上による競技力の向上
障害予防については、競技練習だけでは中々作り出せない最大筋力を発揮する状況にウェイトトレーニングを通じて慣れておくことや、エキセントリックな力発揮の能力を向上させておくことによって達成することができると考えられます。
また、筋力、パワーの向上による競技力の向上をウェイトトレーニングの目的とする考え方は、スクワットの最大挙上重量とスプリントパフォーマンスの相関関係を調べるような多くの研究によって支持されているように思われます。
そして、この立場に立つ方は、筋力、パワーの向上に効果的であると思われるBIG3のようなベーシックなトレーニングを好む傾向にあると思います。
一方で、BIG3のようなトレーニングは競技特異性が低いため、そのようなトレーニングによって筋力、パワーが向上したとしても競技動作への転移は起こらないと考える方もいらっしゃるでしょう。
言い換えると、様々な要素が複雑に絡み合って競技動作のパフォーマンスが決定されるという前提の下、競技特異的でないトレーニングで最大挙上重量を向上させたところで競技動作が向上する保証はないという考え方です。
この立場に立つ方は、BIG3のようなトレーニングを嫌い、競技動作により特化したトレーニングを選択する傾向にあると思います。
もちろんここで挙げた二つの立場は、分かりやすいように極端に分類しただけで、多くの方はこれら二つを混ぜ合わせたような考え方を持っていると思います。
ここで僕の立場を明確にしておくと、基本的には後者の立場で、最大筋力やパワーを向上させたからと言って競技動作に転移するとは限らないが、少なくともBIG3は多くのスポーツの競技動作に(少なくともサッカーには)転移すると考えています。
また、様々な要素が複雑に絡み合って競技動作のパフォーマンスが決定されるという前提に立った場合、最大筋力、パワーの向上によって競技力が向上すると考えた場合に比べて、競技動作のパフォーマンスを向上させる要因を科学的な手続きを以て特定することが難しくなると考えています。
例えば、上でも述べたスクワットの最大挙上重量とスプリントの相関を調べた研究も、筋力の向上により競技動作が向上すると考えるとそのまま解釈できるのに対して、様々な要素が絡み合ってパフォーマンスが決定されるという前提に立つと、スクワットの挙上重量を向上させた理由として技術面を考えなければならなくなったり、その技術を身に付けたことが競技動作にどう影響するかなどを考えなければならなくなったりと、無数のパラメータについて考察する必要があり解釈が非常に難しくなります。
さらにそれらの無数のパラメータの影響を研究の中で調べていこうとしても、結局それぞれのパラメータ同士が影響を与え合うことを考えると、完全な形で解明することは不可能であると言えます。
以上の理由から、これ以降の議論は科学的根拠には乏しいかもしれませんが、一つの考察の結果として読んでいただけると嬉しいです。
ベンチプレスの新たな視点
これらの前提の下、特にサッカー界ではその必要性について意見が割れがちであるベンチプレスについて考えていきたいと思います。
結論から言うと、僕はベンチプレスに取り組むことによって、スプリント動作での離地局面のコーディネーションを改善することができる可能性があると考えています。
まず、スプリント動作の身体の使い方を人類最速の男ウサインボルトの動画を基に考えてみましょう。
下の動画の後半部分は彼の走りを横から見たスローモーションです。
注目すべきポイントはたくさんありますが、今回は胸の動きに注目してみてください。
ボルトは胸を張って戻してを繰り返しています。足を接地した時から胸を張り始め、離地する瞬間に最も大きく張っています。
この胸を張ることのメリットには重心を前に出し、上半身先行の動きができること、脚を前に振り出す際に腹筋を利用できることがあると考えています。
サッカー選手で見ても、圧倒的なスピードを誇るクリスティアーノ・ロナウドはこの胸の動きが自然に出ていますが、スピードに劣る選手ではほとんど胸を張らずに猫背のような状態で走っている選手が多いです。
では、このような動きを獲得するにはどうすればいいのかと言うと、抵抗をかけたコーディネーショントレーニングとしてベンチプレスに取り組めばいいのではないかというのが僕の主張になります。
ベンチプレスに取り組む際のポイントとしては、
- 肩甲骨を寄せた状態を常にキープする
- 背中のアーチを作る
- 足をしっかり地面につけて地面を押す
といったものがよく挙げられるでしょう。
これらは安全にトレーニングを実行するのに必要なポイントですが、これらがスプリント動作との類似性を保証してくれています。

まず、背中のアーチを作ることについてですが、これにより骨盤前傾、胸椎伸展位が作られ、これはスプリントの離地局面での身体の使い方に類似しているということができます。
また、足で地面を押すというポイントと合わせると、スプリントの離地時に地面を押しながら胸を張るという身体の連動までもが再現されていると考えることができます。
一方で、肩甲骨を寄せた状態を常にキープするというポイントについてですが、実際のスプリント動作の腕振りにおいて肩甲骨は固定されずに動いているので、この点ではコーディネーションを再現できていないと言えます。また、胸の動きについても実際には張った状態を保つことではなく張った後腹筋などを使って戻して再び張るという動きが重要であるという問題もあります。
しかし、このデメリットがあるにしてもそもそも胸を張るという動作がうまく出ないという場合にはスプリント動作の離地局面にフォーカスしたトレーニングとして考えることはできると思います。
ここまでは一般的なベンチプレスのやり方に則った場合で考えていますが、スプリント動作のコーディネーショントレーニングという面をより強調したやり方も考えることができます。
一般的なやり方は安全に重量を上げることに特化した結果と言えますが、コーディネーションに重きを置く場合は重量を下げてでもこの姿勢を学習することを重視すべきです。
先ほど述べたように、ベンチプレスとスプリントの離地局面の最大の違いは肩甲骨を寄せ、胸を張った状態をキープするか否かにあります。
この点をベンチプレスに組み込むためには、トップポジションでは肩甲骨を寄せずアーチも作らない状態で始めて、下ろしながら肩甲骨を寄せてアーチを作るというやり方の方が効果的であると考えられます(画像1参照)。また、腕振りが左右交互であることを考えると、片手ずつダンベルを持って同様のやり方をするのも効果的だと思います。
まとめ
- アスリートがウェイトトレーニングに取り組む理由として、確かなのは障害予防のため。
- 筋力、パワーの向上によって競技動作に転移するかは更なる考察が必要だが、少なくともBIG3は転移の条件を満たすと考えられる。
- 特にベンチプレスはスプリントの離地局面のコーディネーショントレーニングとしても捉えられる可能性あり。